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Don't Trust Over 13

どうも花屋です。

つい先日、何というかとても魅力的なある人物に出会った。
その人の事を知ってから、毎日が楽しい。

ここ何年か悩んでいた事が一気に霧が晴れたような気がしている。


どんな人なのかは、また追々書いてみようと思うが
とにかくその人の活動や考え方、行動力に俺はかなりのショックをうけて
久しぶりにワクワクしている。

自分のやるべき事の明確な答えが見つかったのかも。

もう、どんどんやるしかないなという気持ちになってしまっている。

この歳になってもそういう事ってあるんだなあ〜。

こういう事書くと何かの教祖様か不倫相手に巡り会えたとか誤解されそうだけどw

いや、ただ単純に面白い人に出会えたって話。

実際まだ、ゆっくり話した事もないんだけどね(笑)


そもそも俺が花農家を始めたのは「やりたい事があった」からだ。
俺はこんな根本的な事を忘れていたようだ。

イギリス時代、まだ花農家になる前に自分で書き留めた
「花屋になってやること」というアイディアノートがある。

これが今読み返すとかなり面白い。
まだ誰もやってないアイディアが色々書いてある。(実現不可能なものも多数)

そのノートを見返すたびに

「俺はこういう事をしたくて花屋になったんだなよな」
 
と、現状とのギャップにため息が出ていた。



「思てたんと違う!!!」(笑い飯・西田)って感じで。


やりたい事をやる。

そろそろ本格的に始めても良い頃合いじゃないかと思う。

自分の好きな品目作りますとか、花つくりながら音楽も作りますとか、
新しいビジネスモデルでやりますとか、そういう感じの考え方ではない。

もっと分け隔てなく、全てにおいてやりたい事を普通にやりたいと考えている。

今言えるのは、従来の花を生産して販売するという
いわゆる「花農家」とは少し違った形になって行くだろうという予感。


実は俺、芸術家になろうと思うのだ・・・

みたいな鶴太郎的な発想は絶対無いけど(笑)

別に大逸れた話じゃなくて、
まずは自分がワクワクして、やらずにはいられないくらいの
面白い事を第一に考えていきたいという。今更ながら。

少し形になって来たところで徐々に発表できたらなと思う。


思えば、中高生の頃は誰に何を言われようが
面白いと思う事、どうしてもやらずにはいられない事だけをやっていた。

初期衝動っていうの?



例えばコレ。
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The Fanta/Politics

俺が13歳の頃やっていたニューウェーブ?バンドのCD。
俺の勉強部屋で田舎の中学生が毎週末集まり作った曲達。
誰にも頼まれたわけじゃないのにラジカセで必死に録音していた。

何年か前、部屋の掃除をしているとすっかり忘れていたその
カセットがダンボールの中から20年ぶりに出てきた。

初めて聞いてみた時、涙が出る程笑った。
こんなに真剣に笑ったのは何年ぶりかってくらい。

自分のバンドだから俺だけが面白いのかなと思ったけど
他の友達に聞かせても面白がってくれるのでCDにしてみた。

内容は、友達や日常生活を題材にバラードあり、語りあり、ケンカあり
政治家の名前を連呼する曲あり、自分の妹の名前をシャウトする曲ありの
「バカでスケベでケーキが好きで」という悲しき中学生の見本市。

基本、全員楽器できないのに曲を作っているのだから素晴らしい。にゅーうぇーぶ。

詳しくはライナーノーツに書いてあるのでそちらを読んでいただきたいw
良くも悪くも「ド田舎バカ中学生の全て」が詰まっている普遍的なCDだと自負しております。

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*中学生のクラフトワークをイメージしてデザインしました。


考えれば今の花業界じゃないけど、あの頃も俺にとってはかなり閉塞感のある時代だった。

ド田舎の中学生は若くて希望もあるのだけど、同時に、ある種の諦めに近い感情もあるのだ。

TVで見る世界と自分の環境との埋められない落差に。

野生の鹿とイノシシしかいない山奥のド田舎だもの。

原人だもの。(みつを)


東京の出来事なんて、ホント外国の話と同じ感覚で聞いていたし。

それこそヨーカドーがディズニーランドに見えてたから。俺の目にはww 
いやマジで。忠実屋がUSJ(笑)

そんな環境で、腐る事なくギターを手に取ったのだからカッコイイなあ。俺ら。
ロックに一番遠い村でバンド始めてw

新しいとか古いとか、田舎じゃ流行にキャッチアップしようとか考えもしなかったから
物凄いオリジナルティー(六本木社長語)が出てたし。

中学生の俺らは、たとえバカでもかっこ悪くても才能無くても
そんな事は笑い飛ばして、面白いと思える事だけを一生懸命やり続けていた。

今の俺がやれない理由なんて無いじゃないか。

やっぱ、やってる本人が純粋に楽しんで、やりたくてやってる事にはかなわない。
そういう面白さって人にもきっと伝わるから。その周りにも。

お金になるかならないかより、まずはやりたい事。おもしろがれる事。
(中年になってこれ言うの実際勇気いるね)

自分で動いて工夫すればそんなにお金もかからないだろうし。

だってDIYはホームセンターだけのキャッチフレーズじゃないんだぜ。(名言で)


そして中学生の頃と大きく違うのは
酸いも甘いも噛み分ける経験とバランス感覚を手に入れた事。ちょっとだけ。

やりたい事を続けていける方法はきっと見つけられるはずだ。



童貞中学生の初期衝動に、汚れっちまった中年の賢さを!(迷言で)


********************************



十代の頃の曲ばかり紹介して申し訳ないけど
これも18歳の頃作った初期衝動作品。
今聞くと、たわいのない可愛らしい曲だけど発見記念に映像つけてアップしてみた。
技術が拙いのは分かるけど、曲名がゴリラってw 思想のかけらもなくて素晴らしい。




笑い飯西田の「思てたんと違う!!!」探してて出てきた別の有名なヤツ。笑いの連鎖。

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# by kato-kichi5 | 2011-03-07 15:40

風呂セレブ

一昨日、今一番熱気があるグループと言われるYGNのワークショップへ行ってきた。

俺はグループのメンバーではないが、お誘いしていただいたので。
YGNについて詳しくはこちらで


その会場で久しぶりに再興園の篠原さんにお会いした。
篠原さんは俺が農場立ち上げ時期からずっとお世話になっている方だ。

栽培について教えて頂いたのはもちろん
長野周辺の生産者さん達も、みんな篠原さんに紹介して頂いた。
今は息子さんも農場に入られて一緒に生産をしている。(会場には息子さんもいた)


篠原さんとは12年前、俺がまだ第一園芸研修時代に初めてお会いした。


俺はまだ切花にするか鉢花にするか迷っていた時期で
その事を第一の社員さんに話すと鉢花の再興園さんへ見学に連れていってくれたのだ。

一日中、長野の切花農家さんで試作苗の植え込みをしてから夕方、篠原さんを訪ねた。

篠原さんは日が暮れるまで色々と栽培について話してくれたのを覚えている。




それから2年程して俺は独立した。

最初の3〜4年は本当に苦難の連続だった。

何しろ全てが初めての事だからだ。

栽培の流れも目指すべき最終型もよく分からず良いものは作れなかった。

栽培の本を何十冊読んでその通りに仕事しても全くダメ。
アレがないコレがない。何が良いのか悪いのか分からない。
1000鉢2000鉢作るのとはわけが違う。
病気や虫で植物がダメになる。
虫と病気を気にするあまり薬害でダメになる。
台風で植え付け直後の路地苗10万鉢が水没。
ハウスの工期が遅れ植えつけできず苗が全滅。
早霜で植物が凍る。
長雨で植物が腐る。
真夏にポンプが壊れ水が出ないくなる。
暖房機が止まって花が凍る。
作ったばかりのビニールハウスが風で飛んでいく。
作ったばかりのハウスが雪で潰れる。
作ったばかりのベンチが潰れる。
天窓が飛んでく。
遮光カーテンが開かない。
花が咲かない。etc
考えうる失敗のほとんどを経験。

比喩でなく365日、毎日休まず朝から晩まで仕事。仕事。
パートさんもまだ雇えなくて、親戚何人もに無償で手伝ってもらう。
仕事が終わると2階に行く気力もなくコタツで毎日寝てしまう。
汗だらけの体でも疲れ果て4〜5日風呂に入れない事もザラ。

俺でだけでなく
会社時代は必ず毎日朝風呂に入ってピシッとしていた両親まで
そんな生活になってしまった時にはさすがに

「エラいこと始めちゃったな」

と胸が痛くなる事もあった。
(2日連続で風呂にはいると「セレブだなあ〜」なんて言い合って笑っていたけど。)



周りの反応もかなり冷ややかだった。

地元の新規就農者の失敗が結構続いてたり
ウチが最初から規模を大きめに計画してたからだと思うが
何処に行っても半笑いの対象。もしくは無視。


栽培を勉強したくて電話をして見学を申し込んでも断られる。
電話を切られる。電話口で怒鳴られる。
明らかなデタラメを教える人。
アポを取り訪問しても一切ハウスに入れてくれない人。
「この素人が作った花どうにかしろよ」と足で俺の花を移動する人w
話しかけるだけで舌打ちする人
会合で名指しで「あの人みたいなのはすぐに消えるから」で、全員で大爆笑みたいな。
こんなのはホンの一部。今となっては書けない事の方が多い。

(もちろん、中にはとても優しくしてくれた方もたくさんいた。
今でもお付き合いがある人は皆、こんな俺にも最初から親切にしてくれた。)

まあ、新規就農苦労あるあるの宝庫(笑)だった。

俺は覚悟はできていたし、持ち前のM気質で全然気にしてはいなかったけれど。

というか、当たり前だと思っていた。
何処の馬の骨かも分からない男が突然

「色々な花を作りたい」「花の作り方教えて下さい」

なんて来られても普通「はあ?」と誰もが思うはずだもの。

ただでさえ厳しくなってきた業界へ、わけの分からない新参者に入って欲しくないだろうし。
俺自身があまり社交的じゃなく、話し下手なのが原因かもしれないし。(酒が入らないと)

やっぱ過去のショボい苦労自慢や恨み節書いてるような性格なのが原因かも(笑)





そんな暗黒の立ち上げ時代。

俺は篠原さんを第一研修以来、再び訪ねた。

篠原さんは昔、俺が来たことを覚えてくれていた。

そしてトルコキキョウ、デルフィニュームの栽培方法を事細かく全部教えてくれた。
ホントに全部。

播種時期から植え付け時期、用土から肥料設計から農薬から注意点。
篠原さんがやっていること全てを俺に分かるように教えてくれた。

それだけではない。

週に1度くらいは必ず篠原さんの方から電話して来てくれるのだ。

「加藤くん。調子はどうだい?今うちの苗はこうだからきっと〜」と言う具合に。

そこまでしてもらえたのだから当然花はどんどん良くなって行った。

それから俺は篠原さんの農場へ何度も何度も通わせてもらうようになった。
俺が行くと篠原さんは半日は潰れてしまうのに。

そして俺の農場にも何度も来てくれた。一升瓶をかついで。

「篠原さん、俺が教えてもらってるんだから土産とか止めてくださいよ〜」

と言うと「いや〜俺も勉強に来たんだよ」と笑って指導してくれるのだ。



ある日、篠原さんの農場をまた見学させてもらおうと電話すると
篠原さんは何かの会合で忙しくて、その日は農場にいないという事だった。

そんな時も篠原さんは

「加藤君、俺がいなくても見て行っていいよ。
俺は多分電話でれないから勝手に入って見て行ってください」

と言うのだ。

生産者は皆、自分がいない時に農場を見られるのは嫌なものだ。
それなのに篠原さんはそう言ってくれるのだ。

俺は当日1人でゆっくり農場を見学させてもらい、栽培のアレコレを考えながら中央道を帰った。

すると途中で篠原さんから電話が入った。

「加藤くん、ハウス見れたか。あのね、あの品種はね〜」

電話に出れないくらい忙しい筈なのに篠原さんは俺に電話で説明を始めたのだ。


俺は電話を切った瞬間、どうにも言えない気持ちになってパーキングに車を止めた。
そして、号泣した(笑) 声をあげて。

付き合った彼女の大半に「何考えてるか分からない」「心が無い」と言われてきた俺だが
どうにもたまらなかった。嬉しくて。

篠原さんにとって俺に栽培を教えても敵が増えるだけで何も得にはならない。
それなのに俺みたいな者を、なんでそんなに気にかけてくれるんだろう、と。

くさい話かもしれないが人って凄いなと思った。素直に。
やさぐれていた俺もそれで少し変わった気がするw


何年かして冗談ぽく篠原さんに聞いてみた。

「何で俺に色々教えてくれるんですか?」と。

すると篠原さんは笑いながら言った。

「俺だって教えたくないよ。正直。
 
 でも加藤くんが通って来るんだもの、教えなきゃしょうがないじゃないですか(笑)
 
 いやあ〜良い花が作れればそれが一番いいじゃない。お互いに。」




ワークショップで3年ぶりぐらいにお会いできたのだが、いつものあの笑顔を見て
今の俺は人間的にも栽培的にも、まだまだ篠原さんのレベルには遠く及ばないなと
改めて思った。
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# by kato-kichi5 | 2011-02-06 20:40

卒業試験


明けましておめでとうございます。

2011年になりました。

2001年4月から始めた農場も10th anniversaryの年です。

10年間は修行のつもりで色々な事をやってきました。

そして痛い目にもたくさん合いました。

去年はその総決算ってくらい激しいパンチをくらいまくりました。

今年も色々あるでしょう。

それでも毎日あれこれ悩みながら植物を育て、本を読み、音楽を聞いて
怒ったり喜んだり、いやらしい事を考えたりしながら今年もやって行くのみです。


農場自体も今までとは、かなりやり方を変えてスタートしています。

今年はシクラメン屋になるつもりです。

いえいえ、クリスマスローズ屋でもあり、ヘーベ屋アルストロメリア屋シュウメイギク屋エリカ屋
マイクロ屋ダリア屋シンビ屋ニオイザクラ屋カリブラコア屋ビオラ屋などなど屋でもありますが
とにかくひとつひとつの品目を初心に戻って、じっくり作って行こうと思っています。

特にガーデンシクラメンは馬鹿かと言われるくらい、やれる事は全部やって行くつもりです。



年末、久しぶりに研修時代の作業日誌やレポートを見返して見ました。
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あの頃は、ホント何もわかってなくて師匠にも色々と迷惑をかけましたが
その作業ノートを見ると俺はバカなりに毎日色々な事を吸収していたのだなと思います。
(バカ弟子って俺みたいなのを言うんだなと時々思い起こしますが)

そして毎日のちょっとした些細な事に気をとめる事が一番大切だと教わっていた筈なのに
最近は忙しさや慣れで忘れていたなと改めて思いました。
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これは、研修の最後に自分で「卒業試験」を作って
師匠とその弟さん妹さんに採点してもらったレポートです。
毎日の仕事中に教えてもらった事全部を20ページにまとめました。
紙が黄ばんでいい感じになってきましたが。


これを見ると花屋になってやると燃えていた(笑)自分を思い出します。
今でもホントに大切なレポートです。


そして師匠の弟さんが最後に書いてくれた言葉。
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「毎日行っていることが正しいとは限らないので
 時には違った方向から物を考えるのが大事」

師匠の弟さんは元高校の理科の先生で植物や薬品などもとても詳しい方です。

小立ガーデンはあまり一般的ではない珍しい植物をたくさん作っているのでも有名です。
そういった植物には、もちろん栽培マニュアルなんてありません。
全部自分達で試行錯誤を繰り返して1から作り方を見つけていくのです。
それも素晴らしい品質で。

そういう人達が「毎日行っていることを正しいと思うな」と言っているのです。

自分で積み上げて、またバラして。

日々悩みながら、色々な方向から物を考えてみるのだと。



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10年目。やっとスタート地点に立った。。。のでしょう。
 
未だに良く分からない事ばっかだし、方向性も何も決まってないけど。

でもそんな事は気にしなくていい。

とにかく悩め!くらえ!歌え!スケベ!俺よ!




研修時代の俺ってこんな感じだったかも。
ニューウェーブだめっすか。


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# by kato-kichi5 | 2011-01-12 19:24

俺がお前でお前が俺で園芸講座②

100年に1回の暑い夏に園芸講座も何もないだろう。

水をやってくれ!水! 以上。

何で俺、園芸講座みたいなの書くはめになったんだっけ?

よく考えると俺、誰にもこんな事頼まれてないし。
自分が何をしたかったのか全然わからない。

もう、ちゃんとした園芸講座はwaranな人の方を見てください。
そっちも実は俺が書いているので。(嘘。怒られるわ。)


では、今回は予定を変更して、昔の俺がどんなバカな事を考えながら
徐々に栽培を勉強して行ったかを書いていこうと思う。

その方が書くのが楽だし、反面教師で少しは参考になると思うから。

*************************************

植物を育てるのは「水」と「空気」

それは、俺の研修時代のお話。

当時、俺のいた会社の研修生は月イチで、ある大学教授の講義を受けさせてもらっていた。
当時70歳近かっただろう教授は、農業技術体系の基礎の部分も書かれていたり
チョコレートコスモスの研究でも有名な方だった。

講義が終わるとその先生は研修生と一緒に寮の食堂で夕飯を食べるので
俺は色々な質問を先生にする事が出来た。

こんなブログで迷惑がかかるとアレなので
仮に名前を「コニタン」とでも呼んでおこうか。

その頃の俺は小学理科で習った、うろ覚えの植物知識しか無かったが
コニタン教授は俺に園芸の基本からハウスを建てる方角まで色々と教えてくれた。

そして俺の中で一番印象に残っている先生の言葉は以下の3行。

「農家は植物を大きく育てるのは肥料だと思っているが、本当はそうじゃない。
  植物を育てるのは「水」と「空気」だ。そこを間違ってはいけない。
   肥料の中で植物を大きくするのは、せいぜい窒素くらいだ。」

はい、これ重要!

「農家は植物を大きく育てるのは肥料だと思っているが、本当はそうじゃない。
  植物を育てるのは「水」と「空気」だ。そこを間違ってはいけない。
  肥料の中で植物を大きくするのは、せいぜい窒素くらいだ。」

俺みたいな素人に理解させるために、かなり抽象化、簡略化した説明であろうが
コニタンは確かにそう言った。

俺はその言葉をそのまま受け取った。

「水と空気か。。。」

俺のイメージの中では
植物も人間と同じように喉が渇くので「水」を飲み
大きく成長する為に「肥料」という「ご飯」を食べる、という感じで思っていた。

でもコニタンの話で行くと植物の「ご飯」は「水と空気」と言う事になる。

しばらく、それがどんな意味なのかと色々と考えた。
小6知識を総動員しながら。


「そもそも空気って何?そんな大雑把に。

空気の成分は教わったよ昔。何かで。
窒素が 75%、酸素が20%、二酸化炭素が0.04%、あとその他。

そして植物がやっている事は「光合成」と「呼吸」だとも義務教育されたよ。

【光エネルギー】に「二酸化炭素」+「水」→「酸素」+「炭水化物(糖類)」

ってヤツでしょ?光合成って。その逆が呼吸だつって。

とりあえず他の事は置いておこう。

そうすると確かに光に「水」と「空気」さえあれば必要な役者が全て揃う。
それに空気は何処でも普通にあるわけだし
水の中にも酸素が少し入っていると言う噂じゃないか。

という事は…水さえやれば基本OKって事でしょ!?

さすがコニタン!
俺、農業のなんたるかが分かったよ。

栽培とは水やりの事だ!

あとは窒素を良い感じでササササーっとやるだけでしょ。

と言うか、よく考えると
空気の中に窒素もいっぱい入ってるじゃん!

よし!それ使おう!

そうすれば子供の頃よく思った

【人間がうんこを食べられれば、それだけで生きていけるのに】

みたいな完璧なサイクルができるじゃないか!!  」


*******************************************

苦労するのは見えない土の中

俺は完璧に霧が晴れた気がして夕飯の時、コニタンに話をしてみた。

「先生、水と空気の話は良くわかりました。
  あと俺は空気中の窒素を使う予定なんスけど、どうすれば良いですか?」

「ほ〜ほ〜。…使おうと思ったか…加藤君。
先生も使えたらいいなとずっと思っていたんだよ。
でも残念ながら空気中の窒素は一部の植物をのぞいて
  直接使えないんだよ…。だから肥料を置くんだが。」

俺の永久機関構想?は、もろくも崩れ去った。

そしてコニタンはそこから肥料についてのディープで長~い話へ突入していった。
(なんだ、窒素以外も重要じゃねーか。。。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「コニタン、ま、じゃあ、肥料は置くとしても
 後は水だけやれば良いって事だから栽培って随分と簡単なんですね。」

「そう!加藤君、実は簡単なんだよ!
 でも一つだけ厄介な事がある…。それは土の中。
 土の中には根がある。そこでも酸素は必要なんだ。
 地上と違って土の中には空気が入りにくいだろう。
 潅水すれば空気のあった土の隙間は水で埋まってしまうし。
 だいたい苦労するのは見えない鉢の中(土の中)の管理なんだよ。」


「え、でも先生、水の中にも酸素が入ってますよね。
 水をやるだけではダメなんですか?その酸素も使えないんですか?また?」


「え〜と…使えるが、あの…足りないんだよ。それだけじゃ。
 水はどっちかと言えば土の中の空気を減らす方…
 …だから土の中に空気がたくさん入るようにしなきゃいけないね…
 …加藤君、ちょっと醤油取ってくれるか…」

コニタンはだんだんと面倒くさくなったのか
話題を「ホッケがうまい」という方向にもって行ってしまった・・・。



この会話、実際、ほとんどデフォルメしてない。(若干してるのかえ)

*******************************************

水やり・肥料やり・空気やり

コニタンの話を聞いてから俺は 「鉢の中(土の中)」に「水と空気をやる」
という事に焦点を絞って栽培を考えるようになった。

潅水をしている時には「水」をあげていると思うが
潅水が終わって鉢の水が乾く時間は「空気」をやっていると思う事にした。

潅水直後よりどれくらい乾いたかによって
自分がどのくらい「空気」をあげたか確認する。

それは鉢の重さだったり、鉢から抜いて土の色を見たりしながら。

「空気やり」が多いと株が締まり、「水やり」が多いと株は伸びる。

夏は水をやってもすぐ乾いて「空気やり」になってしまうし
冬はなかなか乾かず「空気やり」ができない。

「空気やり」が過ぎると枯れるし、「水やり」が過ぎると根腐れする。

この二つはお互いに関連し合い
振り子のように行ったり来たりしながら、だんだん植物を作って行く。
(植物によって最適な振り幅は全て異なる)

そして、俺は水と空気のやり方次第で株や根の伸張から
肥料の効き、病気の発生にいたるまでコントロールできるという事に気付いていった。

今現在も、より良い「水やり」「空気やり」をする為に
土の配合や環境の制御、その他色々な事を含めて毎日試行錯誤しているのだ。

*************************************

前回のブログでギターにたとえて話をした。

植物はギターみたいに「弾く」という行為が分かりにくいと。
だから肥料と水をやって、後は放置しているだけになってしまうと。

でも、それは放置ではない。

「空気やり」をしているのだ。

あなたは花を買った瞬間から既に(エア)ギターをガンガンに弾きまくっているのだ。


放置プレイを考えてみればいい。

放置プレイはただ相手を無視して放置しているわけではない。

「今、俺はアイツを放置しているんだ」
「もう3時間も放ったらかしにしている…」
「きっと今頃、アイツはこんな気持ちでいるに違いない…」

と、常に相手を意識し考え、予想しているからこそ興奮するのだ。知らねーけど。

別の言い方をすると「何もしない」を「している」のである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2010年、夏。この記録的な猛暑。

そんな中でも、我々生産者は常に

「今、鉢の中の水の量はどのくらいになっただろうか」

「きっと今頃、アイツはこんな気持ちで…」

と、植物の「下半身」の事を四六時中、考え続けているのである。




20歳の夏


4歳の夏(多分)
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# by kato-kichi5 | 2010-09-03 02:39

俺俺園芸講座①

前回予告した通り、今回から数回に分けて園芸講座的な内容で書いてみようと思う。

花のアレンジやデザインなどの楽しみ方については
一百姓の俺がどうのこうの言うアレではないので
植物を育てるという部分で、特に鉢物を例にとって進めていく。

失敗しないって事を主眼に置くと
どの本にも書かれている無難な内容になってしまうので
その辺はざっくり、また若干極端に書いていく。
特別な植物や例外などへの注釈も極力書かない。

そもそも、これは「今俺」が「過去俺」にむけて書いてるんだから
「過去俺」が分かるような例えで好き勝手に書かせてもらうし
失敗してもクレームは一切受け付けない。(「メシ食うな」の町田町蔵の顔で)

まあ、正味50人くらいしか見ていないだろうブログなので、その点は無責任で気持ちがいい。

では予防線は十分に張ったので始める。

********************************


まず最初に今回は、「植物を育てるのは何が楽しいのか」
と言う事を考えてみようと思う。

分かっている人にとっては「何を当たり前の事を」
と言う話だが、昔の俺が一番最初に分からなかった事だ。

中学生の頃、初めて音楽をやってみたいと思った時は
楽器を買ってすぐにその楽しさが分かったのに
植物を育てる楽しみは、始めてから暫くは分からなかった。

なぜだろうか。


まず、音楽を始める時の流れから考えてみようと思う。

《音楽を初めてやろうとする時》

今まで聞く側だったが自分もやってみたいなと思う。

やる気満々で楽器屋へ行ってギターを買う

家に帰って「かっこいいなあ」と眺めて嬉しくなる。

高ぶった気持ちで、おもむろにギターを弾いてみる

音が鳴る

音に感動する

ギターを上手になりたいと思う

ギターにハマっていく

簡単に書くとこういう流れになる思う。



では、園芸の場合どうだろう。

《初めて植物を育てようとする時》

今まで見るだけだったが自分もやってみたいなと思う。

やる気満々で花屋に行って植物を買う

家に帰って「かわいいな」と眺めて嬉しくなる


ここまではギターと同じ流れだ。
植物の色、形、質感を見て楽しむ事は、ほとんどの人ができるだろう。

しかし、これを育てようとした場合、この後が明らかに違う。

お気に入りの場所において30分程眺める

「………」(何も起こらない)

とりあえず水と肥料でもやってみる。

「………」(何も起こらない)

何となく花の周りを一周してみる

「………」(何も起こらない)

何も起こらないので、TVでもつけてみる

「趣味の園芸ってゴールデンタイムにやらないのかな……」と思う


「……とりあえずミュージックステーションでも見るかな……」と思う


「……もし木村カエラが瑛太じゃなくて俺を選んでいたら……」と思う


「……もし世界が100人の木村カエラだったら……」と思う


「エーシー♪」(AC公共広告機構)と心で歌う


「……フェミニーナ軟膏て何なんだろう……」と思う



しだいに花を買った事も忘れ一週間が過ぎる



「あ!花が枯れてるう!!!!」


こんな流れになるのではないか。


ギターと植物の違いは一目瞭然。

植物の場合

1)ギターを弾く
2)音が鳴る

という2つの部分が分かりにくいのだ。


人間は能動によってその対象物が反応を示すと嬉しいという
プリミティブな感情があると思う。

原始人が木の棒で何かを叩いて音を鳴らしトランス状態になるような。

ipadなどが人気なのも従来のPCよりも
直感的な操作で瞬時に反応があるからだと思う。(そのわり全然使ってないけど)

ギターは上手に弾けなくても、瞬時に音が出るので
とりあえずその原始的な喜びを感じる事ができるのだ。


植物を育てるのも基本的には同じで
植物に何かをして(ギターの弦を引く)
植物の反応を楽しむ(ギターの音を聞く)のだが
そこが直感的でなかったり、リアクションにタイムラグがあるので
難解に思えてしまうのだ。

当たり前と言えば当たり前の事たが
案外、ここが初心者にとってはポイントなのではないかと思う。

植物もちゃんと弾けるし、音も聞けるようになる。
その結果オリジナルの曲(植物)を作る事ができるのだ。

まず、これを意識する事が超初心者には大切だと俺は思うのだが。

どうでしょう?
イマイチ ?

生き物とギターを同じように考えている時点でダメだ
と言われればそれまでだが
今からペットに変えるわけにもいかないじゃないか。
ここまで結構な長文を書いてきてしまったんだから。


次回は、いよいよ実際に「ギターを弾く事」に関して書いていこうと思う。

内容は以下の様になるかと。

◉擬人化と擬植物化
◉プロも3つ
◉放置プレイの本質
◉振り子の理論

分かりやすく書こうとして
余計にわかりにくくなっている気もするが
ここからは、まさに園芸のデリケートゾーンに踏み込んでいく事になる。

これを読めばすぐに「過去俺」もかなりのギタリストになってしまうだろう。
(次回はギターに例えません)


**************************************

《上級者の園芸》


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これは我が師、小立ガーデンの事務所前にある便器プランター。


このパンクな作品を見てあなたはどう思うだろうか?

「便器に花を植えるなんておもしろーい」
と面白がる人もいるかも知れないし

「そんなものに植えて花が可哀想、下品だわ」
と不愉快になる人もいるかも知れない。

植物に限った事ではないが
見る人によって極端に評価が分かれるものは面白い。

この便器は廃校になった小学校かなんかの便器の再利用で
これ以外にもまだ2〜3個プランターとして使われている。

俺がまだ研修させてもらっていた頃から既にあったので
少なくとも15年以上は毎年、花が植えられて来ているのだろう。

こうなると、もはや歴史だし、
エコという視点も出てくるし、
消費者の為のビオラ耐寒性試験の要素も出てくるし
マルセルデュシャンも浮かんでくるし?
酔っぱらいが間違えて用を足すこともあるらしいし
色々な捉え方ができてトータル面白い。

珍しい植物や、豪華で貴重な花じゃなくても
そのバックボーンを含めて
自分なりの意味を感じとることができれば
植物はどうにでも面白がれるのだ。


誰かが言った「素晴らしい花」なんて
ホントは全然素晴らしくないかも知れないのだ。(パーフェクト白目で)

*******************************

今年の夏は暑い。

夏になると思い出す音楽。

中2の夏はボ・ガンボス、ニューエスト・モデル、ピーズあたりだったかなあ。
バンドブ〜ム。

田舎の山の中、気が狂った程の大音量で聞いていた。

坊主頭でパピコ吸いながら。





        
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# by kato-kichi5 | 2010-07-26 19:08